第一章 第十四幕―引き継ぎ―

紅葉が地面いっぱいに拡がっている中、掃除が憂鬱だなんて呟く六兵衛の隣を歩きながら、早朝に二人は正門へと向かっていた。

今日は壱陽が学院を去る日だ。風雅は手土産に選んだおにぎりが包まれている布を両腕で抱え込んでいた。


「道中食べてもいいかなと思って多めに作ったは良いけれど、ちょっと作りすぎちゃったかな?」

「壱陽先輩は結構大食いだから大丈夫じゃない?」

「そうだね。あ、いたいた。壱陽先輩!」


馬数頭に荷物を積んで出立の準備をしている壱陽の姿を見つけて二人は駆け寄った。

その隣には一華と、深緋の髪で片目を隠している見知らぬ少女の姿があった。


「おー。二人ども一緒さ見送りに来でぐれだんだべな。嬉しいなあ。どうもね。六兵衛君も来でぐれでどうも。

はい。これがおらの管理してる施設全部の鍵。農家の出だって分がってるのが六兵衛君ぐらいしか知らねがったがらさ。使いでえ施設だげ好ぎに使っていいべ」

「ありがとうございます。風雅のために畑耕します!」


壱陽から鍵を受け取った六兵衛は鍬を改めて抱え直す。自信満々な表情に、壱陽は口を広げて大きく笑いながら頭を撫でた。


「はっはっはっ!そうそう、子どもは元気が一等だべ!風雅君も、その包みはおらに?」

「はい。出来立てがいいかと思って朝に大急ぎで作ったので、形は少し歪かもしれませんが、道中で食べて下さい」

「ありがどね。一華ぢゃん達ど一緒さ食べるべ。荷物が多いがら馬借の振りをしながら帰路さ着ぐづもりでね。二人さ同伴をお願いしたんだべ」


困った様な顔で壱陽は小声で風雅に耳打ちをする。女性二人で護衛が足りるのだろうか、という不安を見透かされたのだと風雅は気がついた。


「本当は凪斗君達が来でぐれる予定だったんだげんとも、参年生は皆手があげられねぇ状態だがら。こう見えで家の学院の女生徒達は強いがらさ」

「そうなんですか。あの、一華先輩のお隣の女性は一体どなたですか?」

「ああ、そうが。初めで会うんだね。ほだね。女生徒ど会う機会ってめっきり少ねぇし。

あの子は智子ぢゃん。気難しい子だげんとも、仲良ぐしてくれでね」

「気難しい?私が普通で周囲の方々の頭がお花畑なだけでしょう?」


小声で話をしていたはずの二人に向かい、智子は鼻で笑って言葉を返した。


「ありゃ。読唇術だべが?」

「智子、先輩相手に失礼よ」

「いつも野菜を譲り受けていてお世話になってる壱陽先輩の護衛は任務として引き受けたけれど、それ以外の野郎連中相手に愛想を振りまくつもりはないわ。一華もそろそろ乱波らしくなりなさい。最近の貴方、感情が前に出すぎよ。情けない」

「…そうね。精進するわ」


思い当たる節が幾つかあるのだろう一華の返事に溜息を一つ吐いて、智子は鉛色の瞳を伏せた。


(なんというか、まさに忍びの女性って感じの子だな)

「…男女、今思ったけど君って随分と貧相だね。ちゃんと食べてる?筋肉は裏切らないよ」

「な、な、なっ!どどど、どこを見て言ってるのよ、この阿呆!ちゃんと食べてるし智子と見比べない!」


咄嗟に自分の胸部を隠して一華は六兵衛を叱りつけた。

何処吹く風な六兵衛に風雅は近づいて、一華と同様に六兵衛に注意を促す。


「六兵衛、失礼だから謝りなさい」

「む、男女ごめん!」

「ああもう!何でいつも反省の色が無いのよ!」


そんな三人の様子をつまらなそうに智子は眺めていた。


「くだらない…」

「そうだべか?楽しそうだで思うげどな」

「男にいじられて楽しそう?馬鹿なことを言わないで。私も一華も女であり乱波。例え今は良くても口論で男に負けたら終わりよ。いつか必要な時に使えるように技術は磨いておくべきでしょう?」

「…心配してるんだべね。智子ぢゃんは優しいね。いい子いい子」


壱陽に頭を撫でられて智子は顔をしかめてその手を払い除けた。


「貴方のことは嫌いではないですが、そういった行為も求めていません。こんな事をしていないで早く出立しましょう」

「うーん。そうしたいのは山々なんだげんとも、組の皆がら貰った見送りの品が山ほどあって詰めぎれねぇづーが…どうすれば全部持って帰れるがなあ?」


壱陽が馬に積みきれなかった荷物を見て、頭をかいた。

そして大小まばらな荷物を一つ一つ掴みあげて、嬉しそうに思考を巡らせながら壱陽は頬を緩める。


「優先順位を付けて、不必要な物品は捨てて行けばよろしいのでは?」

「そうもいがねぇよ。せっかぐ皆がおらのためにわざわざ繕ってぐれだ品だ。全部おらの宝物だべ」

「散々貴方を馬鹿にしていた奴らから貰った物も宝物?馬鹿ね。今更後悔の念に苛まれて泣きついてきた奴らの物なんか踏み潰してしまえばいいのに」

「はは、馬鹿でも良いべ。おら、その気持ぢだげで嬉しいんだべ。ちゃんと皆の心の中におらがいるって分がっただげで、幸せで胸が暖がぐなる」

「はあ…そんなお人好しだからこんな目に遭うのよ。弟に夢を邪魔されて、ついには居場所まで奪われて…本当、頭が悪いこと」


智子は教場を向いて睨みつける。だが暫くして全てを諦めたように壱陽の荷詰めを手伝った。風雅達もその様子を見て同様に荷詰めの手伝いを行った。


その途中、突然何かを思いついた様子で一華が風雅の肩を叩いた。


「…あ、ねえ、せっかく外に出るんだもの。一つ聞いていいかしら」

「はい、何でしょうか」

「そ、その、露先輩に直接聞ければ一等良かったんだけど、最近姿が見えないから…露先輩、最近何か欲しい物とかあったりした?」


思わず風雅は口篭る。壱陽も会話の内容が聞こえていたのだろう、一瞬顔を曇らせた。

だが一華は焦っているようで、二人の様子には一切気が付かず頬を染めながら矢継ぎ早に話している。


「花はよく清兵衛が持って行っている所を見るし、私は詩が書けるほど器用でもないでしょう…?茶器…は何が良いのか検討もつかないし、着物も男物となると…今の流行りとかあったりする?」

「えっと、俺は中々用がないと外に出ないので今の流行りについては何とも言えないですが…何か贈り物を送るほど大事な用があったりするんですか?」

「え?いや、そ、そんな!そんなじゃないけど!うぅ…何かきっかけがないと話しかけられないとか、そんなんじゃ…ないのよ?本当よ?」


両頬に手を置いて、一華は照れて火照った顔を覆い隠す。話題を逸らすために無理矢理言葉じりが強くなってしまったことに風雅は反省しつつ、一華のあまり気にしていない様子に安心する。


「ねえ、男女。お前が色恋沙汰でもじもじしてるのは心底どうでもいいけど、何であの毒男が好きなの?風雅の方が何万倍も素敵だよ?あの人、結構言ってること意味不明だし」

「ど、ど、ど、毒男って貴方ね!…まあ、間違ってはないけど…。って、す、好き?な、何でそんなこと知って…!」


頭から湯気を出しながら一華は数歩後退る。


「いや、流石に皆さん知ってますよ?」

「だから言ってるでしょ。感情が出過ぎだって。あの堅物たるんでる親父ですら知ってるわよ。自戒なさい」

「う、嘘でしょ…?うう、流石に恥ずかしいわね。反省するわ…。でも、そうね。何で好きか…か」

「ちなみに僕の大好きな風雅は料理が天才的で、優しくて気遣いが出来る上に笑顔が素敵で、どれだけ僕が第三者目線で無茶苦茶してても理由がしっかりしてれば怒らないし、僕のこと見捨てないで居てくれるし、努力家で、誰よりも他人のことを考えている所とかすごく好き。まあつまり全部ひっくるめて風雅が大好きな訳で…むぐ」

「うん、俺が恥ずかしくなるからやめようね、六兵衛。せめてそういうのは俺のいない所でやってくれると嬉しいな」


無表情でつらつらと風雅を絶賛する言葉を吐く六兵衛の口を風雅は咄嗟に塞ぐ。風雅は恥ずかしさのあまり残った片手で自分の顔を覆い隠した。


「ははは、愛されでるねえ風雅君」

「もう、勘弁して下さい」

「ふふ、じゃあ私と同じくらい恥ずかしい思いをした風雅。貴方だけに教えてあげる。六兵衛に言うと奏兵衛にも話が言ってしまいそうだし」

「む、そんなことないもん」

「はいはい。ほら、風雅。耳貸しなさい」


風雅は一華に腕を掴まれて銀杏の木の下に連れられた。最後の仕上げにかかっていた壱陽は、その間に最後の荷物を馬に乗せた。

風雅は一華に袖を引っ張られ、少し屈むように指示される。


「…多分よ?私は露先輩が私を女性としてみてくれる所が好きなの。乱波としてじゃなくて、普通の一般的な女の子として見てくれるから好きなのよ。将来どれだけ私の心が死んでも、乱波として女を消費しないといけない日が来ても。いつでも今と同じ声色で一華ちゃんって呼んでくれる。そんな気がするから。

…なんてね。駄目ね、本当に私は乱波失格。任務で女であることを武器として使う時が来るなんて分かってるはずなのに、普通の女の子として扱って欲しいだなんて我儘ね。

…ごめんね、六兵衛が変なこと言うから、つい意地悪をしちゃったわ。興味なかったでしょ?戻りましょうか?」


風雅は口を一文字に結ぶ。その様子に一華が興をそいでしまったと勘違いをして、焦って手を振りながら壱陽達の方へと戻って行った。

最後の積荷が終わったことで、三人は早々と馬に跨る。


(そのいつでもは、もう少しでなくなってしまう。なんて、そんなこと…言える訳が無い…)


そんなことを思いながら風雅も三人の馬に近づいて、手を振りながら最後の別れの挨拶を済ませた。

風雅の思考は一つの考えで埋まるばかりだった。


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