先生、朝ですよ
身内企画の先生の小説。
ちょいグロです。
この世に神など存在しない。
だからあの子は天国には行けないはずで。迎えの便がいつまで待っても来ないから、こうして手暇になった隙に幾度も私の心を殺しに来るのだろう。
それが私が殺したあの子ができる唯一の復讐なのだから、犯罪者の私はそれを受け入れるしかない。
なあ、そうだろう。
「せんせぇ」
舌っ足らずな少年の腹には、ぽっかり向こうが見える穴。私が空けた、未来のある子どもに犯した罪の跡。
あの時と同じピンクのカーテンが揺れ、穏やかな木漏れ日が白い部屋を照らしていた。 頭から血を流しながら、少年は生前と同じような笑顔で私の腕を引く。生気の無い、冷たい手。
「せんせぇ、遊ぼう」
「ええ、何をして遊びましょうか」
「あのね、あのね、リーちゃんに花かんむりをあげたいの。せんせぇ作り方分かる?」
「ええ。分かりますよ」
私がそう言えば、私の足元から白詰草が床いっぱいに広がる。室内であることなどお構い無しに、夢であることを隠そうともしない。
白詰草を次々と摘んで、私達は二人で花かんむりを作る。
「できた!」
「上手にできましたね。はい。私のもどうぞ」
「えへへ。せんせぇ、ありがとう!ね、ね、せんせぇ。せんせぇ」
「はい。どうしましたか?」
あの子が私の袖を引く。いつものように、生きていた頃のように。私の後に引っ付いて歩いていたあの子が私を見上げている。
「どうして僕を殺したの?」
どろり。
血があの子の頭から垂れる。ピンクのカーテンは真っ赤に染って、白詰草が枯れて赤く染る。白く清楚だった部屋も家具が散乱し、途端に老朽化してそれにつれてあの子が腐る。 背中から革靴の音。煙草の独特な香りが私の鼻腔に入っていった。
「だから代わってやると言ったんだ。意地を張りやがって、こんなに部屋も汚しちまって後始末が大変じゃねえか」
「ロン。それは出来ませんよ。だってこの子は私の生徒です。私が殺さなくても、組織の誰かが殺したでしょう。分かってます。分かって…います。だから尚更私は十字架を背負いたいと、背負うべきだと思ったんですよ」
腐りきって完全に白骨になったあの子を抱く。あの時も、何時までこうしていたのか。
「…馬鹿な男だ」
「貴方も相当ですよ。煙草の臭いで掻き消えるほど死の臭いは弱くないなんてこと、貴方なら分かっているでしょうに」
漆黒の髪を揺らしながら、優しい男は頭を抱えて私から遠のいて行く。
上半身と下半身が分離した骸骨が口を開く。
「せんせぇ、今日はどうしたの?家庭訪問の日?もうお外真っ暗なのに…せんせぇ?どうしたの?お顔怖いよ?せんせぇ、泣いてるの?どうしたの?せんせぇ、せんせぇ、せんせぇ」
あの時と同じ台詞を吐く。あの子と同じ声色で。どんどんと私の心を融解していく。私はあの子が私を先生と呼ぶ度に謝罪の言葉を口にした。
ふと、前方に目をやる。五体満足で立っているあの子がいた。不安そうな瞳で私を見る。
「…せんせぇ、もういいよ」
「…良くないですよ。私は貴方に犯した罪を一生背負い続けるべき存在です。許してはいけません」
貴方が許してしまったら、私はこの罪を過去の物にしてしまう。それは駄目だ。例え悪夢にうなされても、君を忘れてしまうことなどしてはいけない。
「せんせぇ、天国行きの切符がね。買えないの。せんせぇが僕のこと、ずっと思ってくれているから、行っちゃダメなんだって」
「なら、ずっとここで私を裁いてください。それができるのは貴方だけなのですから。ああ、でも私が共に行けば貴方は天国に行けますね」
「ダメだよ、せんせぇ。だってせんせぇはここをしっかり脈立たせて、地に足を付けて歩かなくちゃ。僕を重りにしちゃダメだよ」
あの子が近づいて私の胸の辺りに手をやる。私はあの子の首元に手をやって、やはり体温が無いことを確認した。
「私は鉄球の着いた手枷と足枷をつけて、深い深い谷底を落ちながら死へと向かう者で良いのですよ。罪人にはお似合いの人生でしょう」
あの子はそう言う私を悲しげに見つめて微笑んだ。そして骸骨の頭にあった真っ赤に染った白詰草を持つ。
「せんせぇ、お花、ありがとう。せんせぇ、ねえ、もう朝だよ」
あの子の背中から白い光が差し込んで、光があの子を包んで消していく。 ああ、夢が終わる。
早朝の陽の光で目が覚める。冷や汗の張り付く服が気持ち悪い。浅く呼吸を繰り返す自分を落ち着かせて、立ち上がった。 まだ寝ている兄弟たちを起こさないように、簡単に身支度を整えてからリュックを背負う。 早く届けなくてはならない。あんな花言葉のある花をあの子が持って行ってしまった。綺麗に整えられた仏花を持って外に飛び出す。
「いってきます」
玄関の写真立てのあの子が、クスリと笑った気がした。
白詰草の花言葉『復讐』
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