過去の私を抱いている
TRPGのキャラ ドミートリーの小説
呪いの言葉が頭の中で反響する。
優秀で、立派で、肯定的で、笑わず、淡々とし、人格者で、利他的で、聖人であれ。
両親がいつも耳元でそう言っていた。今も脳裏にこびり付いた不愉快な思想の押しつけ。
今になってそんなことを思い出す物だから、ベッドの上でいつまでも起き上がれない気だるさに鬱蒼とした気持ちになる。
そっと窓の外を見ると、雀がチュンとひと鳴きして飛び立つ姿が見えた。しまった。早く起きてカメラを構えておくべきだった。勿体ないことをしてしまった。
そう考えると、今こうしている瞬間が酷く惜しく感じるものだから、急いでベッドから飛び起きて身支度を整える。どうやら久々の休暇で気落ちしていたようだ。
白衣を大きく広げながら羽織り、愛用の一眼レフを抱えながら出かける。
近くの動物園は最近レッサーパンダのベベが産まれたらしい、と観覧版が回ってきたことを思い出して思わず口角が上がる。
動物や鳥は好きなのだ。
極彩色の羽も、白いふわふわした毛並みも、爬虫類独特のあの鋭い目付きも目に焼き付けておきたいと思うほど愛らしい。
そのどれもかれもが醜い人間にはない尊い物だから。
人間はいつだって打算的だ。相手を押さえ込もうと自らの考えで圧政する。他人を蹴落とそうと嘘を吐き、成果を奪う。汚泥の中で生きることを良しとする、そんな人間が美しい訳がないのだ。…そう思って生きていた。
不意にポケットに入れていたスマートフォンが鳴る。サングラスをかけた猫のぬいぐるみのキーホルダーが揺れる。電話の様だ。
「はい。ドミートリーです。…ああ、何だ。ヨリトか。どうした?」
電話の先で楽しそうな声がする。どうやら一も一緒のようだ。
「…これから公園に?ああ確かに、今日は天気がいいからな。…ふふ、この歳でピクニックか。いや、良いんじゃないか。君達と一緒なら何だって楽しいさ。俺も直ぐに向かおう。…何か予定があったりしたか、だって?
…ふふ、そしたら後で付き合ってくれるか?レッサーパンダの赤ちゃんを見に行こうと思っていたんだ。…ああ、三人で行こう」
予定変更。電話の途中で順路を変えた。俺のたった二人の友人達が俺を呼んでいる。
俺の知る人間の中でたった三人しかいない、打算的ではない人達。汚泥の中で煌々と光を放つ二つのモンシェリ。
一人でいることよりも楽しいことがあるのよ、なんてメメール、貴方のその言葉は哀れな子どもに希望を持たせるための優しい嘘だと思っていた。
だが、この歳になってようやく、俺は貴方の言葉が嘘ではなかったということを知ったのです。
「…途中でレジャーシートを買ってきてくれ?ふふ、ああ、分かった。謝らないでいい、俺もついでにパンを数個買っていくつもりだ。その公園は鳩が多いからな。また近くなったら電話をする」
そう言って俺は電話を切る。その隣を小さな男の子が駆けて行き、小石に躓いて転んでしまう。そのすぐ後ろを両親が追いかけて、立ち上がらせて土埃を払いながら声をかけた。
子どもはしばらく泣いていたが、途中で泣くのを堪えて笑顔になる。そしてその子の頭を父親が撫でて賛美の言葉を投げかけていた。
いいなあ、とはもう思わない。俺のパパとママンは俺に愛はくれなかったけど、今はそんな俺の心を埋める物が既にあるから。そう思ってロケットペンダントに口付けをして、また歩き出す。
パパ、ママン。あの頃の貴方達が俺に何を与えたかったのか、俺はそれを知る術はない。だけどこれだけは言える。
平凡的で、立派でなく、否定的で、よく笑い、感情的で、人格者でなく、利己的で、聖人でなくとも、俺は愛する友人達と愛しい思い出を作って、十分に幸せになれたと。今、俺はそう胸を張って生きています。
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