当主になった日〜桃〜

桃のお花に、イツ花の作るご飯。
京のおじさんが作るよもぎ団子に、軒下に居着くにゃんこ達。
京の子ども達に混ざってするけんけんぱも、綺麗なお姉さんがしているお化粧を眺めるのも好き。
全部私の好きな物。
イツ花と一緒に作るお料理。
産まれたばっかりの雀のお洋服を整えてあげる一時。
けー君と行くボウズじゃない時の釣りの日。
菜虫ちゃんがちょっとだけ怒った顔で言うお小言。
出陣前のパパの真剣な横顔。隣に居る私を見つけると、幸せそうに目を細めて頭を撫でてくれた。
全部私の大好きな宝物。

うん、私とっても幸せだったわ。思い返せばパパや皆に守ってもらってばっかりだったけどね。
それに、私はドジばかりでいつも考え無しだったから、皆を困らせてばっかりの女だった。けど…当主に選ばれちゃったんだもの。
隣の部屋ではパパが眠ってる。当主になるための引き継ぎも終えた。

「だから大丈夫よ。菜虫ちゃん」

そんな今にも泣きそうな顔でお姉ちゃんを見ないで。けー君も笑わなきゃダメじゃない。雀は真面目な子だから、私達を見て気負ってしまうかもしれないわ。

「今日から私が啓蟄です。…でもやっぱり寂しいから時々、桃って呼んで欲しいかな…ダメ?」
「…勿論だとも」

けー君の大っきい手が、私の目元に向かって伸びて涙を拭う。笑えてなかったみたい、やっぱりダメな子ねぇ私。

「ありがとう…ごめんねぇ…」

無理やり繕った笑顔がポロポロ崩れてぐしゃぐしゃになって、今にも私が私でなくなりそうだったから。それだけ言って私は外へと駆け出した。

「うわぁぁん…!うぇぇ、ひぐっ…ぱぱぁ、ぱぱぁっ!」

大好きだったの。ずっと隣に居たかった。私が眠りにつくまで頭を撫でていてくれる人だった。悪いことをしたら、何が悪かったのか分かるまで根気よく教えてくれる人だった。ちょっとでも私が怪我をすると、すぐさま飛んで来てオロオロワタワタしながら傷を治してくれた。
パパって呼ぶと本当に嬉しそうにしていたから、私は何度も何度も飽きもせずに呼んでいたっけ。だっていつか、呼べなくなる日が来ることなんて分かりきっていたんだもの。

「…あ」

庭に桃の花の蕾ができている。私の名前と同じ名前のお花。…貴方はパパが居なくてもいつも通りに花を咲かせるのね。
そうよね、分かってた。私はここで立ち止まってはいけない。私はパパの跡を継がないといけない。頭では分かってる。堪えろ。前を向け、踏み出せ。泣くな。しっかりしろ私。背中にはもう寄りかかれる大樹は無いんだ。

「…ぐすっ…大丈夫、私にはけー君も菜虫ちゃんも、イツ花も雀も居るもん…」

皆居る。大好きな人達が居る。だから大丈夫、手を繋いでなら私は進める。

「…パパ、だーいすき」

また笑顔を見繕って、私は空を見上げる。右京様と一緒にお空で見てて。桃はもう大丈夫。立派に育ったでしょう。さすがでしょう?褒めていいのよ。パパの自慢の娘だもん。

私はドタバタ走り厨房に行くと、中で寂しげな顔をするイツ花を見つけた。

「すぅっ…イツ花ー!お腹空いちゃったぁ、皆で一緒におにぎり作ろう!」
「あら、桃さ…じゃなかった。啓蟄様。…ええ、分かりました!イツ花も腕によりをかけて作りますからね!」
「うん!さすがぁ!イツ花だーいすき!」

イツ花にぎゅうって抱き着いて、笑顔で皆を呼びに行く。作るのも食べるのも皆で一緒が楽しいでしょう。だって私、不器用だもの。菜虫ちゃん達が居なきゃ失敗しちゃったことに気がつけないの。

「けー君、菜虫ちゃん、雀!イツ花とね、大っきいおにぎり作るのよ!けー君も一口じゃ食べれないくらい大っきいの!」
「菜虫ちゃん言うな!って、待て待て金の無駄だろ!おい待て逃げんな!さっきまでの泣きっ面はどこ行ったんだよ!」
「母上様のご指示ですので勿論お付き添いいたします」
「了承すな!」
「…菜虫様。もしや当主の命に逆らうおつもりでいらしたのですか?」
「…だぁもう!冗談だって、俺が悪かった!お前が睨むと怖いんだよ!」
「…お前達、喧嘩はいいから行くぞ」

後ろから賑やかな家族の声が聞こえる。
私が世界で一等、大好きな物。

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