2021.12.19 03:46歴史に名を「…ねー、けー君。つまんなーい」釣りに出かけると言った俺に引っ付いてきて、意気揚々と釣りを始めた桃は数刻経った所でそう切り出した。釣竿を片手に、膨れっ面をしている桃がこっちを見上げてくる。彼女の退屈の理由は明白だ。横に置いてある桶に魚の姿は無いのだから。「…なら先に帰るか?」「そ...
2021.10.15 04:30別離、便りは無し先月、姉さんが死んだ。姉さんの居なくなった世界は、なんだかとても閑静で窮屈に感じて。麦は寂しんぼうだね、と真ん丸な目で俺を見つめて、両手でわしわしと頭撫でる小さくて温かいあの手はもう無いのだと、嫌でも思い知ることになったんだ。「具合はどうさね」声をかけられて、天井の染みを見ていた...
2021.10.03 14:44願わくばもっと長く、と夢を見る俺が見てきた日々は目尻に涙を貯めてしまう程に幸福な、俺の見た夢だと思うのです。言葉尻が厳しい癖に、しょうがないなぁと目を細めながら優しく人の背中を押すような。素直でないけれど決して他人を放っておけない、そんな気揉み屋達と過ごす夢。そんな、俺の自慢の家族と過ごす夢。「鴻様、こう寒い...
2021.07.21 11:58変わらない、変われない「赤子ですらまず最初に泣くことで自己主張をするというのに。雀、お前は泣くことすら拒むから下の者達に誤解されるんだぞ。悔い改めろ」「言葉足らずなお前に言われたくないわ。お前こそ、その不躾な口ぶりを改めなさい。あたしを誰だと思っている」「家の三代目当主だな。それが何だ。目上の者であれ...
2021.03.23 11:27青虫菜虫、鍋入菜虫鍋入菜虫。菜虫は青虫の別名。そんな未熟者の名前を付けられたのが俺だ。俺は鍋入家の三兄弟の真面目な末っ子。それに反するように、上の姉兄は二人して根っからの自由人である。「けー君!菜虫ちゃーん!見て見て〜大っきいミミズ捕まえて来ちゃったぁ!」「…それは、良い釣り餌になるな。…一寸出て...
2021.01.18 00:53当主になった日〜牡丹〜お母さんが死んでしまった。それが寂しくて寂しくて、あっ君の手をギューッと握りながらポロポロポロポロ泣いて泣いて。涙が枯れちゃうんじゃないかってくらい泣いて。お母さんの居ない未来が怖くてもっと泣いて。普段なら泣き虫な私の背中を優しく叩いてくれるあっ君が今は、そんな余裕もないくらい私...
2021.01.04 05:15当主になった日〜桜〜桜の季節にも雀の季節にも程遠い季節ね。母さん。満月が紅葉を照らしている中庭を眺めながら私は縁側に座っている。先程の母さんの遺言が何度も頭の中を反響して、惨めな思いで胸がいっぱいになって憂鬱になる。「月の陰…か」あの人は母親の影を追いかけ続けていた人だったらしい。母さんの顔に布を被...
2021.01.04 05:07当主になった日〜雀〜雀が鳴いている。茹だる暑さの中、巣作りに励んでいるのであろう巣材を食んでいる雀の姿が見えた。家族が増えるの?お前達は良いわね。あたしは今日、母上様が死んだわ。母上様の部屋で遺品整理を行うあたしの元へ見知った顔が近づいてくる。「雀、そろそろ休め。そうひっきりなしに動き回らなくても良...
2021.01.04 05:01当主になった日〜桃〜桃のお花に、イツ花の作るご飯。京のおじさんが作るよもぎ団子に、軒下に居着くにゃんこ達。京の子ども達に混ざってするけんけんぱも、綺麗なお姉さんがしているお化粧を眺めるのも好き。全部私の好きな物。イツ花と一緒に作るお料理。産まれたばっかりの雀のお洋服を整えてあげる一時。けー君と行くボ...