当主になった日〜雀〜

雀が鳴いている。
茹だる暑さの中、巣作りに励んでいるのであろう巣材を食んでいる雀の姿が見えた。家族が増えるの?お前達は良いわね。あたしは今日、母上様が死んだわ。


母上様の部屋で遺品整理を行うあたしの元へ見知った顔が近づいてくる。

「雀、そろそろ休め。そうひっきりなしに動き回らなくても良い」
「菜虫様、もうあたしは啓蟄です。雀と呼ばれては他の者達に示しがつきません」

そう言い放ったあたしに見つめられて、菜虫様の青い瞳が不安げに揺れる。
今日は朝から葬儀や当主としての引き継ぎなんかもあり忙しなかったから、きっと心配してくれているのだろう。母上様の隣にいた頃から素直ではないけれど、優しい人だったから。

「…これだけ終わらせます。当主の指輪の使い方を覚えておかなければ、明日からの討伐に差し支えますので」
「…そうか、程々にな」

一度頭を撫でられて、母上様の部屋から菜虫様は居なくなる。それを要らぬ世話だと思ってしまうのはあたしが不出来だからだろうか。

「…母上様」

貴方は笑顔が素敵な人だった。あたしは上手く笑えません。
皆に頼りにされていた人だった。あたしは戦の最中に後ろが振り返れない。皆を見れる余裕が無い。
感情豊かな人だった。あたしは自分の思いを伝える術が分かりません。
あたしは不出来で、愚かで、嘘が下手で、前しか見れない。あたしでは貴方のように闇夜を照らす月にはなれません。

「敬服しております。母上様」

あたしの両手に透明な雫が落ちていく。

「母上様の様にあたしは振る舞えません。だけどあたしは貴方のようになりたい。なりたくて仕方がない…」

あたしは人に優しくできない。できないだらけです。不出来な娘です。それでも、貴方はあたしを次の当主に選んだ。なら、さらに前に行かねばならないのでしょう。
嫌だと、逃げてしまいたいと叫んだところで、当主として皆を引っ張っていかなければならないのでしょう。もがいてもがいて、最後まで戦い抜いてやらねばならないのでしょう。それが雀よりも短い生であろうと。
握り締めていた指輪をあたしは右手の人差し指に填める。これがこれからのあたしの役割。責任の重み。
あたしは母上様の部屋から出る。この部屋は今度来た子が使う事になるでしょう。
そんなことを考えていたら、部屋から出た後すぐに中庭から声をかけられた。

「あら、もういいの?」
「…雷乃、貴方いつからそこに居たの」
「ちょっと前からね。元々こういう日は気分が滅入っちゃって苦手なの」

草むしりをしていた様子の雷乃が背伸びをしながらあたしに近づいてくる。そして縁側に腰掛けて、あたしを見上げる。

「貴方は?上手く切り替えられそう?」
「分かっているでしょう?あたしはそんなに器用ではないわ」
「そうね。貴方も私も不器用だもの。きっとこれから何をしててもあの人の姿がしこりみたいに残るんだわ」

彼女の水面のような髪がゆらゆら揺れた。探るような言葉選びに心底辟易する。貴方の心配の仕方は父君よりも菜虫様にそっくりね。

「ねえ、もしそれが雀にとって辛いことなら…忘れてしまってもいいのよ?」
「貴方、母上様が他人に言われた程度で忘れられるような人だと言いたいの?」

あたしは冷徹な目で彼女を睨みつける。それにあたしから母上様を抜いたら、一体何が残るというの?何も出来ない肉の塊が残るだけじゃない。
怯えた顔を見せた彼女を置いて、あたしは自室へと歩を進める。
あたし達は戦わなければならない。この呪いを終わらせなければ。

「…お願いだから死に急いだりしないでよ!」

雷乃は今にも泣きそうな顔をしながら、立ち去るあたしにそう言い放つ。
死に急ぐ?そうね、そう思うかもね。でも残念ね。

「多分あたし、生き急いでいるわ」

愚かだから、前しか見れないから、生きていたいの。けれどそんな我儘さえ今のままでは叶いはしない。
だからもがくわ。母上様みたいに戦って戦って戦って、生き抜いてやる。あたしにこんな呪いをかけた朱点をあたしのこの手で殺めてやる。そして全てが終わったら、今度こそ母上様みたいに笑えるかしら。
その後でないと、あたし、きっと貴方達に本当の気持ちを伝えられない。張り詰めたこの心では幾重にも壁を作ってしまう。
伝えたいことが何個もあるわ。伝えたが最後、あたしが壊れてしまいそうだから言えない言葉がたくさん。
大好きよ。ありがとう。皆が居てくれて幸せだった。心配ばかりさせてごめんね。…出来損ないでごめんなさい。


茹だる暑さの中で、親が死んだ一匹の雀が生きながらに死んでいる。そんな日常。

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