変わらない、変われない
「赤子ですらまず最初に泣くことで自己主張をするというのに。雀、お前は泣くことすら拒むから下の者達に誤解されるんだぞ。悔い改めろ」
「言葉足らずなお前に言われたくないわ。お前こそ、その不躾な口ぶりを改めなさい。あたしを誰だと思っている」
「家の三代目当主だな。それが何だ。目上の者であれば誰彼構わず媚びへつらい、機嫌取りをしろとでも?間違いは間違いだろう。それを指摘して何が悪い」
今は使われていない部屋の隅で体育座りをしてすすり泣きをしている癖に、この女は口だけは達者なのだから。
蝉の五月蝿さに嫌気が差して、手近な部屋に入ったらそんな光景に出くわす方の身にもなって欲しいものだ。
分かってはいたが全くもって可愛くない姉である。
このへちゃむくれで不器用な女から、頬っぺがもっちりとして大変愛らしい、気遣い上手の桜が産まれたとか、本当に信じられない話だ。
「…いいから放っておいて。あたしはお前に慰められるほどまだ落ちぶれていないわ」
「相変わらずよく回る口だ」
俺は雀から半歩ほど離れた場所に座り込む。虹美や桜に教えるのに、俺自身がより理解しておかねばならないと思い持ち出した術の巻物を開く。
「…お前、一度伝えただけでは理解できない頭をしている訳?」
「俺もここに何の用もなく来た訳では無いからな。ここには小煩い雀はいるが、外の蝉の鳴き声よりはまあ、二割ほどだがマシだと言えるだろう」
「お前…もういいわよ。勝手になさい」
言われずともするが?と表情で訴えてやる。俺の表情に一瞥もせず俯いて、雀はまたすすり泣いていた。
馬鹿なやつだ。俺は口が堅いのだから好機と見て何でもかんでも話してしまえばいいのに。
だが、それを素直に言えない俺もまた、大馬鹿者だというのは理解している。
しかしこいつ相手に意地の張り合いだけは負けたくないと思ってしまうのは、如何せんなんとも子どもっぽい。
「お前が羨ましい」
不意に背中から声をかけられる。俺は振り返らずにそれに耳を傾けてやる。こいつの悩みの種なんか分かりきっている。こいつは家族が大好きなくせに気を張りすぎて周りを威圧しているから。
「そう思うなら少し素直になってやれ。威厳も大事だが、お前には親しみやすさが足りないんだよ」
まあ、それは俺が言えたものではないが。
だが少なくともこいつよりは虹美や桜に好かれている自信がある。悩み事を相談してくれる程度には二人と仲良しだ。
「今更…無理よ。雷乃を自分の我儘に付き合わせて、子どもの顔も見せてやれてない。そんな事までやらかしているのに、結果的に何もなし得ない人生だった。虹美に母親を殺した女を今更許せ、だなんて…言えるわけがないじゃない」
ほらな。やっぱりこいつは言葉足らずだ。そう虹美に伝えてやればいいのに、反吐が出るほど怖がりなのだ。現状が今よりも酷くなることを恐れて立ち往生をしているだけ。
「それを言うなら俺も家族を殺した男だ。同じ討伐隊に居たのにお前と雷乃を守れなかった」
「お前とあたしでは立場が違う!あたしは当主だ!あの偉大なる母上様の跡継ぎの娘だ!」
「…それでも」
俺は立ち上がり、いまだに俯いている雀の頭に軽く手を乗せる。
撫でるでもなく、慰めるでもない。ほんの一瞬手を置いて離した。
そして俺の行動に驚いた顔をする雀を、俺は一瞥だけしてその場を立ち去ろうと障子に手をかけた。
「お前も俺の家族だ」
それだけ言って俺は部屋を出る。当初の目的は達成したので長居は無用だ。
それに俺にとって、雀と雷乃の命は対等だ。もちろん、桜と虹美も。命の重さを天秤にかけて量るだなんて、その考えこそ命の冒涜に他ならない。
家族を守れなかった事に後悔はある。だが、前を向かねばまた誰かを失うかもしれない。そんなの、もう二度とごめんだ。
「げっ、玄鳥爺」
歩いて自室に向かう最中、俺の姿を見つけて嫌そうな顔をする虹美とはち会った。
「口が悪いぞ。まだ扱き足りないか?」
「あんたに言われたくないっての。てか、鍛錬は勘弁な。これから桜と買い出し行くし」
「そうか。楽しんでくるといい」
「あ?本気で言ってんのかよ?家の偉大なる当主様が京の連中に高圧的な態度取りまくって、あたしらが好奇の目に晒されてんの知ってんだろ?
あーあ、やだやだ。誰かの尻拭いってのは憂鬱だぜ」
「それが嫌ならば現状を良くする為に努力をすると良い。あれは前しか見れない愚か者だが…お前と違って言い訳は絶対にしないぞ」
俺がそう言うと、虹美は言葉を詰まらせて頭を搔く。まったく、俺と口論で勝てる訳が無いだろうに、可愛いやつめ。
「そう怖がってやるな。先刻お前達に日頃の行いを改める様に叱りつけた女は今、部屋の隅で自らの口調が強すぎたとすすり泣いて反省してる最中だぞ」
「あ?んな訳あるかよ。あの冷徹鉄仮面女が泣くとかありえねぇー」
…事実なのだが。まあ、いい。後は雀が自ら努力して関係を改善させていくべきだろう。仲介をしろと命じれば快く準じてやろうじゃないか。
「…何笑ってんだよ玄鳥爺。きめぇぞ」
「口が悪い」
「痛ぁっ!」
自慢の手刀打ちを虹美の頭に落として叱りつける。
手のかかる所が可愛らしい所ではあるが、度が過ぎてはいけない。母親がいないからといって甘く見てやるつもりもない。何より、それを望んでいるやつもいる。
そう考えると、俺の頬に一陣の暖かい風が当たる。
───────風に乗って、カラカラと耳馴染みのある笑い声が聞こえた気がした。
0コメント