当主になった日〜牡丹〜

お母さんが死んでしまった。それが寂しくて寂しくて、あっ君の手をギューッと握りながらポロポロポロポロ泣いて泣いて。涙が枯れちゃうんじゃないかってくらい泣いて。お母さんの居ない未来が怖くてもっと泣いて。普段なら泣き虫な私の背中を優しく叩いてくれるあっ君が今は、そんな余裕もないくらい私達はお母さんが大好きだった。


「ひっく、あっ君…」
「もう泣くな牡丹。お前、今日から当主様なんだぞ」
「うぇっ…ひぅっ、でも…でもぉ…」
「でもも、だっても無しだ!それに、牡丹なら大丈夫だ!俺がお前を支えてやるから」


あっ君の手の力がさらに強くなって、あっ君の掌の熱が私に伝わる。


「俺はもっともっと強くなる!鬼どももキツトの野郎も全部倒して、絶対もっと長生きてやる!」
「でも、この間の出陣であっ君倒れちゃったんだよ…?無茶しちゃやだよ…」


虹美さんがお母さんと一緒に逝ってしまった原因の一つは親王鎮魂墓での出陣で負った傷だ。私と鴻さんは運良く逃げる事が出来たけど、最後に残った虹美さんとあっ君が負傷してしまった。


「だからこそだ!もう俺は弱っちいのは嫌だ…。実力が足りなくて牡丹や紅花が死ぬのは嫌だ。家族が目の前で死んでいくのはもう嫌なんだ。もっと強くなって術も奥義もじゃんじゃん覚えてやる!俺が皆を守るんだ」
「あっ君…」


あっ君の瞳の奥に、燃え盛る炎の形が見えた。でも、それが逆に不安になる。まるで今にもあっ君を燃やしきってしまいそうで怖い。
…そうか、私と一緒であっ君も不安なんだ。一度に二人の家族を失って、頼れる背中を失って、もう私達で他の皆を引っ張って行かないといけない。
そう思い始めると、私は一度唇を噛み締めて涙をぎゅっと堪える。そして私はあっ君の肩を優しく叩いた。


「…私も」
「牡丹…?」
「私も一緒に強くなる。どっちか片方が支えるんじゃなくて、二人で一緒に強くなろう。そしたら、一足す一で二どころか、もしかしたら三とか四とかになれるかも。だって私達双子なんだもん」


真っ赤に腫らした目で無理やり笑顔を作る。お母さんと違って笑顔は下手っぴだけど、今だけはちゃんと胸を張る。


「それに、鴻さんも紅ちゃんも居るもん。…うん、大丈夫。きっと大丈夫だよ」


そうだ、私は無理に前に出なくていい。当主として振る舞おうとして無茶をしなくていい。後ろを見れば皆いる。一人で進めないなら、皆で一緒に前に進めばいい。
そんな当たり前な事を戦場で何度もお母さんとあっ君が教えてくれていたのに、今の今まで忘れていた。
ごめんね、お母さん。やっと分かったわ。今まで迷惑をかけてばかりでごめんなさい、でもありがとう。私ずっとずーっと大好きよ。これでやっと私は啓蟄になれる決心が着いた。


「皆で強くなろう。そうしたら誰も失わなくて済むもん。…だからあっ君、忘れないで。私、ちゃんと生きてるよ。絶対あっ君の後ろに居るから。一人で無茶しないで、私を頼って」
「…悪い。俺、焦ってた。…そうだよな。牡丹は今、生きてる。俺一人で熱くなって空回りでもしたら、それこそ最悪の悪手だ」


普段通りの笑顔のあっ君に戻って、私はホッと胸を撫で下ろす。
それでおでことおでこをくっ付けて、向かい合って目を閉じて互いの手を取り合う。


「春になったらお花見をしようね」
「夏になったら海に行こう」
「秋になったら焼き芋を焼いて」
「冬になったらかまくらを作ろう」
「…それまで生きれるかな?」
「当然だろ?生きれるさ」


二度目の冬、一緒に過ごそうね。なんて言葉は言わなくても伝わる。だから私は笑顔で返す。不器用でへちゃむくれな笑顔だけど、それでいい。だってそれが私、鍋入牡丹なんだから。


0コメント

  • 1000 / 1000