第一章 第八幕―疑問―

「風雅、そっちの留め具、しっかり締めといてくれ」

「はい。ああ、ここのビスですね」

「びすって言うのかそれ。南蛮の火縄銃を解体して出てきたやつを模倣して作ってみたんだが。響きが良いな」

(模倣とは言え、海外の物を自作できる凪斗先輩って頭の中どうなってるんだろう…)

「それで凪斗先輩、手伝っておいてなんなんですけど…これ、何に使うんですか?」


風雅が目の前の乗り込み式二足歩行ロボットに指を指して、凪斗に問い掛ける。

補佐組の仕事と称して弘栄と一緒に凪斗の手伝いを行っていた風雅だが、風雅の身長の二倍程あるその機械を一体何の用途で使用するのか、凪斗の口から一切の説明はされなかった。


「あ?…あー、近々使うんだよ。弘栄、搭乗口付近の切り口が鋭利すぎるな。やすり掛けといてくれ」

「うん。わ、分かった。…あ。な、凪斗君。こ、これだとずっと座ってたら、お、お尻が痛くなると思うんだ。し、茵を作ってもいいかな?」


弘栄の提案に凪斗が二つ返事で了承すると、早速弘栄が茵と呼ばれる、いわゆる座布団の制作をする。

風雅も凪斗の手伝いが終わると、弘栄に教えて貰いながら茵の制作を行った。


「む、難しいですね…集中し過ぎて目が取れそうです」

「あ、慌てなくて大丈夫だよ。僕も、さ、最初はそうだったから。あのね、こ、ここの経糸を通して、他の編み済みのた、経糸を巻き込まないようにしながら交互にね。す、隙間が出来ないように注意してね」

「はい。えっと、こうですか?」

「うん。い、いい調子。そしたら次はね…」

(弘栄先輩、随分丁寧に教えてくれるな。…まるで先生みたいだ)


ロボット制作の仕上げに入る頃になると、弘栄は自分の作った茵を脇において、風雅の作った茵のなり損ないを貰い受けると、丁寧に即席の茵を完成させた。


「すみません弘栄先輩。やって頂いてしまって…。弘栄先輩はとても手先が器用なんですね。以前なにかやっていたんですか?」

「さ、最初は誰でもこんな感じだよ。むしろよく出来てるよ?は、花丸だよ。

それに僕、こういうのは、こ、ここで覚えたんだ。壱年生の頃から、き、器具管理組によく手伝いに行ってたから…。な、凪斗君、これ」

「おう。ありがとよ。…裁縫の腕は学院で一等なんじゃねえか?相変わらずよく出来てる」


ロボット内部で作業をしていた凪斗に弘栄が茵を渡すと、それをじっと観察した後、凪斗は口角を釣りあげて答えた。

搭乗口から顔を覗かせてその光景を覗いていた弘栄は、凪斗の言葉に思わずへらりと笑う。


「そ、そうかなあ…?へへ。な、凪斗君に褒められるなんて思ってなかったな」

「ヒッヒッヒッ、俺様は良いと思ったことは直接言う主義なんだよ。

さ、これでとりあえず今日アンタらに任せられる仕事は終わりだな。他の組合から申請も特に来てねえし、もう今日は長屋に帰っていいぜ。

特に風雅!アンタも真っ直ぐ帰れよ!食事処が気になるとか言ってそのまま就寝前まで働いてたら、明日の朝までここで正座だからな!」

「うっ…肝に銘じておきます」


言われなければ決行していただろう、しょぼくれた様子の風雅にため息を吐いてから、凪斗は機械の最終調整作業に入った。

弘栄と一緒に風雅が補佐組の部屋から出ると、弘栄から声をかけられた。


「じ、じゃあ風雅君。長屋に帰る前にほんのちょっとだけ、お、お手伝いして貰ってもいい?

こ、個人的に頼まれたことなんだけど。壱陽から、し、新種の種を発見したから、保健室に届けて種が薬になるかどうか、ち、調査を頼んで欲しいって。ふ、風雅君は学先生と、な、仲が良かったよなと思って…ど、どうかな?」


風雅とは目線を合わせずに、慌てふためいた様子だった弘栄の言葉は、語尾に行くにつれて勢いをなくしていく。最後の方は子犬のような寂しげな表情で、不安そうに風雅を見下ろしていた。


(はは。これはお手伝いじゃなくて、道すがら話し相手になって欲しいってことだな)

「はい。俺ができる事ならいくらでもお手伝いします。折角ですし、何かお話をしながら行きましょう」


風雅はそう返事をすると、二人は保健室まで歩き始めた。


「ほ、ほんと!わ、や、やったあ!あの、この前、し、食事処に行って思ったんだけど、せ、専用の服とかあったら便利かなって…」

「ああ、確かにこの間弘栄先輩がいらした時、ちょうど紅ヱ門がケチャップを服に付けてしまって大泣きしている最中でしたからね。

専用の服…ですか。そうですね。配給されている服は後輩に引き継がれる物ですし、できれば汚したくないですね」

(調理中に着るとなると、給食着か割烹着か…後、エプロンとかかな。俺にそれを作る技術はないけど)


風雅がそう言うと、弘栄はまた慌てた様子で周囲を何度も見回し、唾を飲み込んだ。そして一呼吸してから言葉を発した。


「ぼ、僕で良ければ…だけど、あの、その、えっと…専用の服を作ろうか?」

「え?」

「め、めめめ、迷惑じゃなければ!…僕、これくらいしか芸がないから。む、無駄に背は大きくて目立つし。どもり癖あるし…。で、でも、僕も皆の役に立ちたいんだ」


自身の胸元を力いっぱい握り締めて、弘栄は言葉をひねり出す。俯いて暗くなった表情を見て、風雅は彼に微笑んだ。


「はは。じゃあ、作り方を教えてくれませんか?」

「へ?」

「食事処の人達に作り方をご教授して貰えたら、弘栄先輩はもっと皆と仲良くなれます。それに、皆との思い出も増えますし」

「で、でも僕こんなだし…。う、上手くできるかな…」

「弘栄先輩ならできますよ。だって先刻はできていたじゃないですか。それに弘栄先輩は優しいですから、直ぐに皆と仲良くなれますよ」

「…や、優しい…?僕が?」

「はい。優しいですよ。俺の周りは優しい人だらけです。…皆幸せになって欲しいなって、いつも思います」


優しく目を細めて風雅は呟く。自分を卑下した発言は押し殺して、あくまで明るい部分だけを口にして。

それを聞いて弘栄は少し考えた後、意を決して口を開いた。


「じ、じゃあ。ぼ、僕…上手く教えられるように、き、今日から頑張るね!」

「はい。楽しみにしています。他の皆には俺から言っておきますね。皆の都合のいい日を予めお伝えするので、その中で弘栄先輩も都合がいい日を教えてください」

「うん!えへ。な、なんだか、せ、先生みたい…照れちゃうな」

「はは。もしかしたら弘栄先輩は先生に向いているかもしれませんよ?」

「ほ、本当?先生…先生かあ。な、なれるかなあ?」

「心配ならこれから学さんに聞いてみましょう。学さんも今ではもう立派な先生ですから」


辿り着いた保健室の扉を、指さしながら風雅が微笑む。

それに一度頷いて、弘栄は扉を叩いた。間もなく学の声がして、二人は戸を引き、室内に入った。

何か作業をしていたのだろう。雑多に物が散らばった部屋の中心で、学はすりこぎを手にして濾している最中だった。


「ま、学先生。壱陽から、し、新種の種が薬になるかどうか、ち、調査をお願いしたいとのことです。こ、こちらなんですが」

「おう。了解した。物はそこの棚の三段目に入れておいてくれるか。…よっ、と。今薬膳茶でも淹れるから座っててくれ」


弘栄は言われた通りの棚に種を入れると、風雅と一緒に中にあった茵に座る。

しばらく待っていると学が薬膳茶を二人に配膳した。それに礼を言ってから二人はお茶を受け取った。


「悪いな散らかってて、急ぎで薬が山ほど必要になっちまって。壱陽には調査は少し遅れると伝えといてくれるか?」

「わ、分かりました」

「壱陽先輩なら今日は食事処の当番日ですから、この後行きましょうか」

「え?だ、大丈夫かな?な、凪斗君に怒られない?」

「大丈夫ですよ。例え今現在食事処で問題が起きていたとしても、就寝前まで働いてなければ良いんですから」


淡々と呟いて風雅は静かにお茶を啜る。

その様子をきょとんとした顔で弘栄と学は見つめた後、学は口に手をやって肩を震えさせながら笑う。


「な、凪斗君みたいな屁理屈」

「くく…言うようになったなあ。勿論周囲の影響もあるだろうが、そういうふうに発言の裏をかこうとする所は静江に似てきた証拠かもな。

それに昔に比べたら表情も柔らかくなったんじゃないか?」


学は青臭い手で風雅の頭を優しく撫でる。


「もう、からかわないで下さい。

そうだ学さん。聞きたいことがあるんです。弘栄先輩がもし学院の先生になるとして、今足りない物とかってあったりしますか?」

「ん?なんだ、弘栄は先生になりたいのか?

なら大丈夫だろ。実技がどれほど出来るのかは分からないが、充分人となりは保証できる。座学の先生なら今から頑張ればなれないことも無いと思うぜ。応援してるぞ!」


そう言って大口を開けて笑いながら、学は弘栄の肩を数度叩く。

その瞬間、返答の内容が予想外だったのか。強ばっていた膝上の握り拳から力が抜けて、弘栄の瞳からぽろぽろと涙が流れた。


「お、おい!大丈夫か?ごめんな、まさか泣かせることになるとは…」

「なれるんだ…」

「…弘栄先輩?」

「僕、ゆ、夢なんか叶わないって…願う方が、お、愚かなんだって…ずっと、ずっと諦めて…諦めて生きてきて…」


止めどなく流れる涙を覆い隠すこともせず、弘栄は前を向いて声を上げて泣いた。

風雅はその背を摩って、手拭いを弘栄の前に置いておく。


「僕なら、で、できるって。す、好きに生きていいよって、こんなに言って貰えたの、は、初めてだったから…」

(初めて…?あんなに一緒にいるのに、凪斗先輩にも言われたことが無かったのか?)


風雅の疑問はその場で解消することはなく。弘栄の涙が落ち着いてきた頃、そろそろ食事処に寄ろうという話になり、二人は保健室を出た。

それを聞いた学は、泣かせてしまった詫びだと金平糖を数粒、袋に包んで二人に持たせた。


「ありがとうございます。学さん」

「す、すみません。学先生。有難く頂戴します」

「謝らなくていいさ。その代わり先生になったらしっかり働いて返してくれ。ま、出世払いってやつだな」

「…は、はい!僕、先生になります!頑張ります!」


袋を両手で包んで、嬉しそうにそう宣言する。そんな弘栄の肩を叩くと、学はもう一度風雅の頭をひと撫でしてから保健室に戻って行った。


「弘栄先輩はいい先生になれると思います。俺も応援してます」

「うん!ぼ、僕は変わるんだ。せ、背中を押してくれる人がいるって思うだけで、ま、前を向いて歩いて行ける…。きっかけをくれて、あ、ありがとう!」

「お礼を言われるほどのことはしてないですよ。俺も学さんも思ったことを言っただけですから。さ、早く行きましょう。お腹も空きましたし、遅い時間に着いたせいで凪斗先輩に見つかったら雷が落ちてしまいますよ」


気を抜くとすぐにでも涙が零れてしまいそうな弘栄の手を引いて、風雅は他の話題を振りながら足早に食事処に向かった。


食事処に着くと混んでいる時間帯はとうに過ぎていたため、既に人気は少なくなっている。

風雅が中の様子を覗き込むと、壱陽と露以外に人の気配は無く、二人の周囲からは重苦しい雰囲気が流れていた。

中に入ることも躊躇われ、様子が気になった風雅と弘栄はその場で聞き耳を立てることにした。


「…いつにするんだい?」

「今年の秋頃。収穫時期までにはさすがに帰らねぇど。…そらほど悲しそうな顔をしねぇでぐれよ。仕方のねぇごどだべ。おらは長男坊だがら」

「すまない。だけど、私より先に学院を去る事になってしまった友を想って感傷に浸ることくらい、許してくれ…君のことを親友だと思っていると言っただろう?」


目元が潤んでいる露の言葉に、壱陽は苦笑いを浮かべてごめんな、と謝った。


「でもおら、ひとづも辛ぐはねぇんだ。夢を追い続げるだめに無理して背伸びをするおらじゃなぐで、おらが安堵でぎる場所でおらの得意なごどをして、おらがおらを愛せるようになれだら良いなって、今は思ってるべ」

「…そうか。君の決断を止められる権利が私にある訳がない。君の幸せを祈っているよ」

「うん。ありがとうだべ。おらが居ねぐなったら弐陽を頼むべ。弐陽は理想の兄じゃながったおらを恨んでるげんとも、おらは弐陽が大好ぎだがら。

露ぢゃんになら、任せられるべ」

「…約束はできない。だけど、私にできる限りの事はするよ。…ご馳走様」


食事を終えると早々に露はその場から立ち去る。そして入口で聞き耳を立てていた風雅達を一瞥して、困った様な顔で微笑む。

そして何も言わずに長屋の方向へ歩いていきながら、袖で目元を何度か拭っている後ろ姿が風雅の視界に入った。


「…ふ、風雅君。い、壱陽が選んだ道だから。ふ、深く考え込んだりしないで大丈夫だから」


風雅と目線を合わせて、弘栄は励ますように風雅の手のひらを両手で包む。

不安そうに揺れる瞳に弘栄の優しさが滲んでいた。


「はい。お気遣いありがとうございます」

(壱陽先輩は露先輩にしかその話をしなかった。そして、露先輩は壱陽先輩が居なくなるのを止めなかった。なら、俺にそれを止める権利はない)

「ご飯食べましょう。弘栄先輩。壱陽先輩の前ではいつも通り過ごしたいと思うんです」

「…うん!」


二人は笑顔を繕って食事処に入る。露骨な恩返しなど望まない人のために、せめていつも通りの日常をあげたい。それが風雅の恩返しだった。


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