願わくばもっと長く、と夢を見る
俺が見てきた日々は目尻に涙を貯めてしまう程に幸福な、俺の見た夢だと思うのです。
言葉尻が厳しい癖に、しょうがないなぁと目を細めながら優しく人の背中を押すような。素直でないけれど決して他人を放っておけない、そんな気揉み屋達と過ごす夢。
そんな、俺の自慢の家族と過ごす夢。
「鴻様、こう寒いのに外に居てはお身体、冷やしちゃいますよ?」
縁側で立ちぼうけしている俺に、よそよそしくイツ花の声がかかる。その手には俺用の上着が一着。
すっかり芯から冷えてしまっている手を擦って、俺は部屋の中へ戻ることにした。
室内には囲炉裏に火が灯っていて、その近くには淹れたばかりのお茶が用意されていた。気を遣わせてしまったようで少し申し訳ない気持ちになる。
「すまないね。どうにも落ち着かないものだからさ」
「見ていらしたの大江山の方角ですよね。…啓蟄様達のこと、やはりご心配ですか?」
「うん。当然だよ。皆無事に朱点を倒して帰ってきてくれると心から信じてはいるけど…家にいるとどうもね」
俺の深刻そうな顔を見て、どう返したものかと考えあぐねて曇った表情を浮かべるイツ花。
そんな優しい気揉み屋さんの頭を撫でて、俺は安心させるように微笑む。
「ごめんごめん。勘違いさせたみたいだね。皆と一緒に行けなかったことを別に悔やんでる訳じゃないんだよ。
ほら、俺は虹美みたいに討伐が得意だった訳じゃ無かったしね。こうしてイツ花とお留守番する方が好きなんだ」
それに牡丹と葦には桜の背中を目に焼き付けて置いて欲しい。あの三人が一緒に行けるのは、きっとこれが最後になるだろうから。
「…弱虫」
「おや、誰かと思ったら」
イツ花の後ろからひょっこり顔を覗かせて、家に来たばかりの紅花が俺をじっと見ていた。
「あら、紅花様ったら。訓練を着けてくれた先生にそんな言葉はいけませんよ!」
「はは、別にいいよイツ花。俺が今回の討伐に参加しない事に、どこか安心している弱虫なのは事実だしね」
「…活躍の舞台を自ら逃すのはのろまだって、お母さんが言ってた」
表情を変えずにそうさらりと言葉を放つ紅花に、思わず苦笑いが浮かぶ。
虹美らしいキツイ一言だ。
「はは…のろまなのは否定しないけど、一つだけ訂正しようかな」
俺は紅花に近付いて、目線を合わせるために屈む。闘志の色が灯っているような、彼女の真っ赤な瞳が頼もしい。
「俺はね、機会を逃したんじゃなくて譲ったんだよ。皆に悔いなく先に進んで欲しいからね」
「…どういう意味?」
「呪いが解けた後で君のお母様に、今月の討伐は私の方が行きたかったって恨みがましく言われかねないって意味」
俺は紅花の小ぶりな鼻を摘んで軽く仕返しをしてやる。やれやれ、生意気な口振りは虹美似かな。
真ん丸な目を更に丸くして、何でそんなことするの?と言いたげな顔をした所で手を離す。
「それに、朱点を倒すのに俺も参加したいだなんて我儘言っても仕方ないしな。そんな事をしても桜を困らせるだけだ。
自分の実力不足は痛感してるし、皆と長く生きれるなら、手段は何でもいいと俺は思ってるんだ」
「…やっぱ弱虫、そんなのていのいい言い訳」
難しい言葉で俺を責め立てる紅花。これは将来大物になるなと笑っていると、地面が大きくグラりと揺れた。
俺は咄嗟に紅花の頭を隠すように抱き締めて、地面の揺れが収まるまでその場に蹲った。
「っ…!地震か?イツ花!無事か!」
「ええ…こちらも大丈夫です!こんなに大きな地震…一体何が…?」
俺達は原因を探ろうと、慌てて外に駆け出した。そして───────ああ、見なければ良かった、と誰もがそう思って立ち竦んだ。
突如増えた迷宮群に、俺達の呪いはまだ続くのだと後ろ指を刺されて嘲笑われたようだった。
叶わぬ夢を見ているからだ、と。
「鴻、お前呪いが解けたら何がしたい?」
大江山に出向くための出立の準備をしている虹美に、不意にそんなことを聞かれた。
「そうだな…皆で祭りに行きたいな。出店を巡って紅花の好きな物を買ってやったり、世話になってるイツ花に何か土産を見繕ってあげたり…」
「おいおい、手前自信を満たす欲はねぇのかよ。どこまでも他人本意な奴。…あたしは皆と旅がしたい。時間をかけてゆっくりと色んな景色を見に行くんだ」
「それはいいね。楽しそうだ」
幸せそうに目を細めて、二人で未来に思いを馳せる。
虹美が俺に向かって拳を突き立てた。
「…絶対勝ってくるから。信じて待ってろよ」
「勿論。赤飯を炊いて吉報を待ってるよ」
虹美の拳に俺の拳を当てて、俺はにっこり微笑んだ。
「げっ、いい加減赤飯以外がいいんだけど…まあ、いいや。紅花のこと頼んだから。あたしに似て我儘なんだよなー」
不貞腐れた顔をしてぼやきながら、彼女は桜の元に駆けて行く。
俺はその背を見届けて、討伐隊の皆の出陣を見送る。イツ花の隣で、俺は心の中で祈りを捧げた。
神様どうか、彼女達に祝福を。復讐を遂げた先の未来を。どうか、お願いします。俺達に長い長い幸福な夢を。
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