第一章 第四幕―嫌われ者―

「…帰れ」

「嫌です。というより、他を断ってここに来ましたので、行く所がないと言うのが本音です」

「はあ?頭沸いてんのか?そもそも、何でわざわざ補佐組なんかに入りたがる。他でもないこの俺様が居るんだぞ。他の奴らに何も聞いてないのかアンタ」

「…えっと、一番他の人と関わらなきゃならなさそうな仕事だなと思ってきたんですが、貴方がいることに何か問題があるんですか?」


風雅が真っ直ぐ檜皮色の瞳と対峙すると、青年は言葉を詰まらせた。

彼はボサボサになった頭を数度搔くと、ゴーグルを装着し直して風雅に背を向ける。


「当たり前だろ。なんせ俺様は学院一の嫌われ者と名高い、参年弐組の凪斗様だぜ。

補佐組に入ろうなんて言ったら、他の奴らに苦虫を噛み潰したような顔で見られるだろうな。

シッシッ、学院の生徒は見つけ次第そこらのからくりの出力検査や、人体実験の餌食にしてきたからな。

アンタがどんだけ痛みに耐えれるか、今ここで実験してやろうか?」

「どうぞ。代わりに補佐組に入る事を許可してくださるのでしたら」


風雅は両腕を広げて、いつもの様に困った顔で笑う。信じられない物に会ったとでも言いたげに、凪斗は頭を抱える。


「ちっ。そもそも補佐組は俺様がいるから嫌われてるし、誰もここには来ねえよ。来たとしても俺様を嫌わない物好き連中ぐらいだ」

「つまり、補佐組は他人に邪魔されずに、自分の好きなことに集中できるのが利点なんですね」

「あ?」


不機嫌そうな顔で振り返り、凪斗は笑顔の風雅を睨む。

その顔を見て、風雅は困り眉の笑顔のまま首を傾げる。


「えっと、補佐組の仕事は他の組合のお手伝いとだけ伺ってますが、他の組合から申請が来ない限りは、ここで好きな事をやっていて問題ない。ということが言いたいのかと思ったんですが…違いましたか?

周囲のからくりも、これだけの数を揃えるのに余程多くの時間を注ぎ込んだんだろうな、って思ったのもあるんですけど」


風雅は周囲のからくりに目を配る。古びた機能重視の茶運び人形や、ドミノ倒しの要領で時間になると作動する目覚まし時計のからくり。

ふと部屋の奥を覗けば保彦が持っていたような、この時代に似つかわしくない物も見える。

例えば、どう見ても電気で動く式の巨大からくり人形などである。


「…ああもう!分かんねえ奴だな!俺様に関わった所で何もいい事なんかねえつってんだよ!アンタ朝方露と仲良くしてただろ?アイツは生物飼育組だよ。分かったらさっさと行け!」

「…俺は誰とも仲良くなる気はないですよ。ただ救えればそれでいいんです。俺はそのためにこの学院に来たんですから」


頭を掻き毟って風雅を睨みつけていた凪斗の動きが止まる。

睫毛を伏せて、胸に手を置くと風雅は口を開く。


「俺の目標はこの学院の生徒を幸せにすることです。そのために多くの生徒と関わる時間が必要なんです。

目的のためには自由な時間もある方が動きやすいじゃないですか。ですから、俺を補佐組に入れてくれませんか?

その対価が実験体になることなら、人体実験くらいどれだけして貰っても構いません。それで貴方が満足するなら、俺の体なんかいくらでも差し上げますよ」


一瞬、ゴーグルの向こう側に泣きそうな顔が見えた気がして、風雅も困った顔になる。

数秒後対応に困ったように俯いて、また頭を数度搔いた後、凪斗は小さく呟いた。


「ああ、なるほど。アンタ、まともそうな顔して実はだいぶイカれちまってるのか。

…ここの生徒は皆そうだ。全員が全員、真人間の面を被っていやがる。一枚面の皮を捲れば心に何をしても埋まらない大きな穴を抱えてる。

…シッシッ、アンタほどこの組合が似合うやつも居ないわな。ほら、隣こい。補佐組のこと知りてえんだろ?教えてやるよ」


凪斗は自分の隣を数度叩いて風雅を手招く。

散らかった机の上に山積みになった何かの部品を腕で落として、そこに一枚の紙を手繰り寄せると机に広げた。

風雅は手招きに従って、ほぼ自分と変わらない身長の凪斗の隣に座る。


「凪斗先輩。…その、随分と背が小さいんですね」

「うるせえ!栄養が全部脳みそに行っただけだ。なんせ俺様は天才だからな。

いいか!この紙に全部の組合で行ってることが書いてある。組合によっちゃ物によって行う時刻が決まってるもんもある。

夜廻組なんかが特にそうだな。だがそもそも夜廻組は人手が足りない状況に陥ることなんざなかなかねえから、特別な行事の時に絡みに行け。

逆に人手がいつも足りなそうなのは設備修繕組だな。時間が決まってるのは湯浴み場の掃除や、湯を張る時くらいなもんだが、恩を売るのは簡単だ。突発的に入る修繕作業を手伝ってやりゃーいい」


凪斗が紙に指を滑らせながら一つ一つ説明していく。

先程と打って変わっていきいきとした表情に、思わず風雅は口に手を置いて微笑んだ。


「はは。凪斗先輩なんだかわくわくしてませんか?…

でも本当に良いんですか?嫌われ者の凪斗先輩がわざわざ捨ててきた物を、俺が拾ってしまって」

「あ?」

「だってこの紙、先日の日付が書かれてますよ?他の組合の人達と交流を絶って、その上で好かれる行動を避けるために、ずっと作り続けてたんじゃないですか?」

「…けっ、別に俺様の目的のために交流を絶ってただけだ。ほんとは卒業するまで誰とも仲良くなる気なんざ無かったけどな。

壱陽も露も弘栄も保彦も、ヤツら信じらんねぇくらいお人好しだったから嫌われきれなかったし。

遂にアンタみたいな過干渉のド阿呆者も現れちまったし、嫌われ者凪斗の研究室になってたこの部屋も、そろそろ本来の目的で使われていい頃だろ。

とにかくだ!いいかよく聞け!補佐組に必要なのは情報だ。明日の放課後になったら色んな所を巡って仕事を受けて手伝ってこい。

ここの生徒を幸せにしたいなら、まず相手のことを知れ!信頼させて悩みを吐かせろ!てめえの目的の出発点はそこからだ!」


ギザギザの歯を見せながらニヤリと凪斗が笑う。

そんな二人の後ろから、とてとてと走ってくる人物の足音が聞こえた。


「な、な、な、凪斗君!こ、ここ、こっちに瑠璃色の髪の毛を左側で括った男の子が来なかった?って、いる!?仲良くなってる!?」

「あ、お邪魔してます」

「おせーぞ弘栄。もう話ついちまったぞ。ほら、もう入口はいいから弘栄もこっち来い。補佐組の後輩だぞ」

「壱年壱組の風雅です。よろしくお願いします」

「え?えええ!?な、凪斗君、補佐組には誰も入れないって言ってたのに?」

「気が変わったんだよ。ついでに明日からコイツが各組合を巡って補佐組の仕事をするから、弘栄もしっかり三年分引き継ぎしとけよ?」

「ぼ、僕が悩んでる間の心変わりが激しいよ!凪斗君とお友達になってから今までで一番の衝撃だよ!?

…うう、分かったよお。風雅君、これからよろしくね。僕は参年弐組の弘栄」

「はい、よろしくお願いします」


焦った様子で大混乱していた弘栄が、諦めてしゅんと頭を垂れた後、風雅の隣にちょこんと座った。

背中を丸めながら風雅と凪斗の様子を伺っている姿は気の弱い大型犬の様で、風雅はちょっぴり微笑ましくなって小さく笑った。


「今日風雅の教室に来た先輩が何年生か分かるか?」

「すみません。さすがに皆さん普段着でしたので…あ、でも一人だけ保彦先輩を呼び捨てにしてる方がいらっしゃいました」

「じ、じゃあ参年生か肆年生だね。各組合に組合活動をまとめる人が居て、その人のことを組頭って呼ぶんだ。だ、大体最上級生が組頭に選ばれるよ。

組合の勧誘が組頭の最後の引き継ぎ作業になるから、そこに居たのはだいたい肆年生だろうね」

「組合の活動は主に参年以下の学年が取り締まってる。アンタが関わるのも参年以下のヤツらで問題ないだろう。

さあて、今日は久々に夜中までみっちり引き継ぎ作業だ。シッシッシッ、同学年のヤツらを感心させるくらい出来る人間っぷりを見せつけてやれよ!」


凪斗に頭を乱雑に撫でられて、風雅はまた困ったような顔で笑う。

凪斗の発言通り、この日は夜通しで引き継ぎ作業や、明日行うことの打ち合わせを行うことになった。

風雅が遅くに部屋に帰ると、ずっと帰りを待っていたが眠気に耐えられなかったのだろう。風雅の布団に潜り込んでいた六兵衛がいた。

退かすことも面倒になった風雅は、幼い頃と同じように一緒の布団で眠りについた。




今日も昨日と同じように大きな笛の音で起床する。

風雅が大きくあくびをすれば、六兵衛は目を擦った後、風雅の顔を見上げて満足そうな笑みを浮かべた。


「ふふ、風雅おはよう。ちゃんと風雅が帰ってきて良かった。昨日網で連れ去られたって聞いた時は僕、凄く荒れてたんだよ?」

「おはよう。五体満足だから安心して。さ、早く授業に行く支度をしよう。教室で皆が待ってるよ」

「うん!あ、あのね風雅。僕ちゃんと友達できたよ?なんと二人も!褒めてくれる?」

「本当?さすがは六兵衛だね。えらいえらい」

「ふふ。でしょう?僕は約束を守る子だもの」


六兵衛の頭をいつも通り撫でて、風雅達は出かける支度を始める。


「あ、そうだ。風雅はどこの組合に入るの?僕も一緒がいいな。昨日はそれを聞こうと思ってずっと待ってたの」

「うーん。気難しい先輩がいるから一緒は難しいけど、六兵衛が選んだ組合にもたまに手伝いに行くよ」

「む、そっか…。分かった。ほんとはその先輩に抗議しに行きたいけど、風雅を困らせたくないから我慢する…」

「はは。六兵衛はいい子だね。お昼は六兵衛が好きなチーズドリアを作ろうか」

「ほんと?風雅大好き!」


羽織を着てから六兵衛が飛び跳ねて喜ぶ。

朝の支度を終え、二人は家を出て近くのお店で軽食を買うと、食べながら教室へと向かった。





風雅は運動して汗ばむ体を扇ぎながら、静かな空間で授業の内容を書き取る。

教室の前方で潔が、教室の外に伸びた日時計の影を一瞥して教本を閉じた。


「さ、今日の授業はこれでお終いです。朝提出して頂いた組合の申請は皆さん無事受理されましたので、早く先輩達の動きを覚えられるように、今日から頑張って下さい。

組合の活動が終わったら湯浴み場に行って、しっかり疲れを取るように。そうそう、予約を忘れないようにしてくださいね」


潔がそう言うと授業が終わった開放感と、これから行う組合の活動の話題で、風雅の周囲は騒がしくなる。

風雅が教本を閉じて組合の活動に向かおうと立ち上がると、千歳から声が掛かった。


「なあ風雅、君はどこの組合にしたの?」

「俺は補佐組だよ。千歳は?」

「うちは生物飼育組。毒や薬に興味があったんだ。ほら、うちは細身だろう?鍛えるなら暗殺業の方が合ってると思ってね」

「そっか。あ、ごめん。補佐組の活動で今から設備修繕組に行くんだ。近々生物飼育組にも顔を出すから、また今度ゆっくり話をしよう」

「うん、行ってらっしゃい。…設備修繕組っていうと、嘉一が行ってた組合だったな。うちも器具管理組に行った紅の様子を見てから活動に行こうっと」




「…誰?」


風雅が設備修繕組の扉を叩くと、半色の髪を首元で結っている人物が戸を開けた。

目の前の少年は、じとっとした疑り深い目で風雅を睨む。


「補佐組の活動でお手伝いに参りました。組頭はいますか?」

「まだ決まってないから面倒だけど自分が聞く。君壱年だよね。補佐組ってことは…凪斗先輩の差し金?対価は何?」

「いえ、無事引き継ぎを終えたので、俺が勝手に手伝いに来ただけです。商い通りの髪結所と、その隣の装飾屋の店主が開けた穴の修繕を俺がやっていていいのでしたら先に行っていますが、どうしますか?」

「驚いた。対価無しだなんて…血の一つでも抜かれるかと思った。

…どこから情報を仕入れたのか分からないけど。丁度いいな、是非お願いする。

面倒だけど、組合が揃ったら設備修繕組もそっちに向かうから。よろしく。

…名乗り忘れてた。自分は直人、弐年弐組」

「よろしくお願いします。直人先輩。俺は壱年壱組の風雅です」

「…先輩。先輩か。今まで自分が言う側だったから、やっぱり聞き慣れない」


萌葱色の疑り深い目が優しい目つきに変わって、嬉しそうな声色に変わる。

そのまま部屋の中へと退散して行った直人を見送ると、深呼吸をして一度気合いを入れ直す。そして風雅は目的の場所へと向かった。






「…とんだ新人が入ったもんですね凪斗先輩」

「だろう。俺様もびっくり仰天、今にも腰が抜けてひっくり返っちまいそうだ」

「自分の所は面倒なので新人教育も満足に済んでないのですが、本来なら二人がかりで行う量の仕事を、その日中に一人で終わらせるなんて…一体どんな人体実験を行ったんですか?」

「あ?直人、アンタが度々自室にカビ発生させて同室の清兵衛を困らせてること、露に告げ口すんぞ」

「…うっ、露先輩は卑怯ですよ。と言うよりまともに会話したのすら今回が初めてなのに、なんでそんな面倒なこと知ってるんですか」

「情報収集が命の補佐組なめんな。しかしこれどう収集つけりゃいいんだ?」


直人と凪斗の目の前には穴を塞ぐどころか、以前よりも綺麗になった店屋の壁と、周囲の店主がクッキーの入った小包を持って、風雅の話題をひっきりなしに噂して回る姿があった。

そして当の本人は既に居らず、一枚の貼り紙と小箱を残して立ち去っていた。


『担当していた範囲の仕事が終わったので他の組を手伝ってきます。置いてあるクッキー、組の皆さんで分けて食べてください』

「「後輩が優秀過ぎて困る」」


最後には二人で声を揃えながら頭を抱える始末。

他の組合に顔を出して同じようにやっているのだろう、段々と賑やかな声が学院中から響き渡っていった。


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