第一章 第十幕―山篭りーその弐―

「それで秋助先輩。作戦会議ってことは、具体案とかもう既にあったりするんですか?」

「ないよ。だからここで他の奴らの動向を探る。山に行くまで四半刻もあるし、半分位は情報収集に使っても罰は当たらないと思うから。お前は右半分を頼む。僕は左半分を見てるから」

「承知しました」


秋助の言葉で風雅は学院の右半分を観察する。視界に入るのは今の風雅達と同じ様に作戦会議を行って、食料をかき集めたり、手持ちの番号を交換して相方を変えている人などが見受けられた。


「さっき秋助先輩もやってましたけど、番号の交換って有りなんですね」

「学院長が言ってたこと以外は罰則にならないってこと。あの人性格悪いから。

…ん?鬼に話しかけてるのがいる。買収か?」

「それも有りなんですか?」

「まあ言われてないし。先生達も近くに居るのに止めてないし、有りなんじゃないの」

(ルールの穴がやたら多いな。あ、あそこにいるのって凪斗先輩の絡繰。…なんだろう。誰かを待ってるみたいに見えるけど)


その場から動かず、辺りを見渡しているだけの絡繰に、風雅は視線を釘付けにされる。


(そもそも凪斗先輩、なんであんな動きにくそうな機械を選んだんだろう。あの機械、たしか装甲が硬いタイプだったはずだ。

純粋に布の個数を競うなら、より多く集められるようにスピードの出るタイプを選んだ方がいいのに。あれじゃあ、まるで鬼なのに防戦するみたいに見えるけど…。防戦…?)


風雅の頭にルールを説明していた時の小五郎の言葉が反響する。


『番号が対となる相手と二人一組』

『最後の一組になるまでこちらが定めた鬼から逃げてもらう』

『何組もの生徒が残っていた場合』

『布を奪われた人物は敗退』



「…そうか」

「どうかした?何か分かった?」

「秋助先輩。もし、鬼にも各自に番号が振られていたとしたら、どう思います?」

「はあ?………あー、なるほど。くそっ!だから嘘吐き関係無しに嫌いなんだよあの人!嘘言ってないから気がつかなかった。回りくどいっての!」


秋助は頭を掻き毟って、頬を膨らませながら学院長室を睨みつける。表情が豊かな人だと思って、風雅はその光景に微笑む。


「じゃあ俺、一回凪斗先輩の所に行ってきますね」

「うん。味方に付けてきて。僕は久次郎の所行ってみる」

「はい、ご武運を」


木から飛び降りて、真っ直ぐに凪斗の所へ向かう。


(多分あの人が待ってるのは、俺だ)


風雅がやって来たことに気がついた凪斗が、搭乗口を開けてその姿を現した。


「ヒッヒッ。来たな」

「はい。凪斗先輩の相方は誰ですか?」

「鬼は同学年が相方だ。保彦には他の奴らの様子を見て貰ってる。どこで聞かれてるかも分かんねえ、ほら、中入れ」


辺りを数度見渡してから、からくりの内部に入るように風雅を誘う。風雅はその提案に乗ると、迷わず凪斗の手を取り搭乗した。二人乗り用になっている内部に、以前風雅達が制作した茵が並んでいる。


(そっか。いざって時に一緒に行動してる人を匿えるようにこの機械を選んだんだ。本当、凪斗先輩らしい)

「学院長の言葉のどこで分かった?」

「全体的に言葉が曖昧で、誰を指しているのか分からなかったことに疑問を感じたんです。案の定どう考えても規則違反のように思える行為がまかり通っていますし。

決定的だったのは『何組もの生徒が残っていた場合』という発言です。あれって鬼も生徒に値するんじゃないかって思ったんです」


風雅の発言に凪斗の口角が釣り上がる。凪斗が腕に巻いた赤布を捲り、その内側に書いてある『弐』の文字を見せてくる。


「ヒッヒッヒッ、正解だ!鬼の番号は布裏に記載されてたぜ。そう、鬼も生徒に値する。

三日目の卯の刻に鬼役の生徒が全員残っていても景品は無し。つまり、鬼役の生徒は本来の鬼が残ってる限りそもそも景品なんか貰えないのさ。

三日以内に逃げる側と同時に鬼役の生徒も潰しちまえば残る勝者は一組だ」

「本当の敵は山伏の寅。そして教師の潔先生ですね」

「そうだ。つまりこの山篭りは逃げてりゃいいってもんじゃなく、この事実に気がついた有能な仲間を集めて、三日以内にどうやってあの二人の赤布を奪うかの勝負ってことだ。四半刻…まだ半分は残ってるなあ?」


凪斗の発言に頷き、風雅は何人かの人物を頭に思い浮かべる。風雅の仲間になってくれそうな人物ならたくさん居る。あとはどれだけ説得できるかだ。

風雅はそう思って搭乗口から飛び出した。


「行ってきます!凪斗先輩、作戦はよろしくお願いしますね!」

「任せろ!声をかけたら俺の所に来るように言え!」

(さてどうする。生徒達は学院内の四方に散らばってるし。大声で叫んだら人を集めていることが寅さんにバレる。どちらにせよ人手がいるな)

「露先輩!一華先輩!」

「おや、まるで足元に地面が無いかのような慌てっぷりだね。私に何か用かい?」

「どうかしたの風雅」

「この山篭りの本来の目的を把握しました。詳細は凪斗先輩の元へ!行くまでにできれば他の方々にも声をかけてきてください!」


走り去る風雅の言葉を聞いて、開いた扇を口に当てて楽しそうに笑いながら、露は一華に目配せする。真面目な一華らしい、今か今かと指示を待っている真っ直ぐな視線が露に刺さる。


「…ふむ。一華ちゃん。どうやら私の思弁が当たっていたようだ。獅子王丸や清兵衛達を連れて、凪斗と合流するとしようか」

「はい!私がどこまでもお供致します!」



「はぁっ…はっ…凪斗先輩!」

「おう、上出来だ!」


風雅が凪斗の元に帰ってくると風雅の知ってる人物が何人も集まっていた。風雅の知っている人物でこの場に居ないのは弐陽と、六兵衛と、勇次郎、獅子王丸だ。

凪斗が機械の搭乗口から顔を出し、その場から大きく声を張り上げる。


「よし、薄々勘づいてる奴らはいると思うが、そもそもこの山篭りは生徒同士の潰し合いを狙う、山伏の寅と教師の潔が有利過ぎる遊戯だ!

乱破の歳の差は一年が十年の実力の差を生む。つまり!俺様達生徒が平等に実力を競う遊戯にするために、まずあの二人組を潰す算段を考えねえとお話にならないって訳だ」


凪斗はそこで急に口を閉ざすと、辺りを見渡す。そして作戦会議だ。と小さく呟くと、露を手招きして近くに呼び寄せた。


「露は壱陽と一緒に丘の山頂を目指してくれ。いつものやつだ。頼むぞ。他の体力無いやつとか、頭使って戦う奴らは連れてってくれ」


露と壱陽がそれを聞いて同時に頷くと、二人は何人かに声をかけてから颯爽と山頂へと駆けていく。

その背を追おうとした一華の首根っこを機械のアームが掴んで、凪斗はまた口を開く。


「悪いが直接戦闘系の奴らは俺と一緒だ。ヒッヒッヒッ、今回は俺様の悪評を存分に使わしてもらうぜ。

耳貸しな一華、山伏の寅が何処で聞き耳立ててるか分かりゃしねえからな。先陣組の引率は任せたぜ」

「ひ、人の思慕の気持ちをなんだと思ってるんですか!折角他の子が気を使ってくれて露先輩と同じ番号を交換してくれたんですよ!?」

「あ?…あんのスケこまし。男連中だけじゃ飽き足らずよくもまあ…。仕方ねえなあ、今度俺様が逢い引きの予定でも見繕ってやるよ。それでいいか?」

「あいびっ…!わっ、私と露先輩はまだそんな関係じゃっ…!」


顔を真っ赤にして、頬に手をやりながら目線を泳がせる一華に、呆れ顔で凪斗が機械のアームを使い一華を引き寄せる。


「ったく、乱破の端くれの顔じゃねえぞ。シャキッとしろ。ほら耳貸せ耳。ったく、そもそもこの作戦が終わった後にまた合流するんだろうが。…で、アンタらは…」

「…はい…はい…なるほど、承知致しました。では先陣組を率いて持ち場に着いています」

「あの、凪斗先輩。俺も一緒に行った方が良いですか?」


露同様に何人かに声をかけてからその場を立ち去った一華の姿を見て、風雅が凪斗に声をかけた。

その風雅の首根っこを今度は掴むと、搭乗口から自分の隣の席に風雅を落として座らせる。


「馬鹿、アンタは今日ずっと俺様の隣だ。山伏の寅が報酬を得れなかったとして、アンタの目を諦める訳あるか?どうせ途中で狙ってくるに決まってんだ。だったら先手を打って匿っておくのが一等だろ」

「…寅さんが敗退するまでは凪斗先輩の保護下って訳ですね」

「それもあるが、アンタには俺様の仕事っぷりを横で見といて貰わないとなんないんでな。後輩育成もそろそろしてかねえと…それに、ここじゃなきゃ見れねえもんもある」

「見れないものですか?」

「…次!ジルボルトって言ったか?脚には自信あるんだろ?それに保彦!アンタも来い!」


風雅の言葉には返事を返さずに、凪斗はそっぽを向いて大きく声を張り上げる。

話を逸らされた。と口を尖らせて呼ばれた人達の方へと首を向けた。


「Hy!脚には自信あるですよ!何のお仕事やるですか?」

「保彦じゃ忘れちまうかもしれねえから、アンタに耳打ちするわ。つまりは…こう」

「…ほむ。roger!なるほどです!では保彦先輩!私達も行くです!」

「うん。で、君誰だっけ?」

「ジルボルトです!」


脱兎の如くその場から居なくなった二人を見送ると、今度は久次郎に手招きをする。


「ジルボルト側は人数が少ねえから。久次郎、あと嘉一も足が遅い方じゃなかったろ。ジルボルトを追って手伝ってこい。作戦内容を矢羽根で聞くなよ?相手方に教師が居るんだ。細心の注意を払え」

「承知しました」

「はーい!あ、千歳と紅ヱ門も一緒に行こうよ!」


先にジルボルトの元へ駆けて行った久次郎を追う前に、嘉一が千歳と紅ヱ門の腕を掴んで走り出した。

勢いに負けて涙目になった紅ヱ門と、それを宥める千歳。それを風雅が見つめていると、視線に気がついた千歳が振り向き、行ってきます。と、手を振りながら呟いて去っていった。

凪斗はその他残った人物達を適当に振り分けて、その場に弘栄しか残っていないことを確認する。

そしてそのまま機械を動かして、作戦を決行するために動き出した。


「…凪斗先輩」

「ヒッヒッヒッ、どうかしたか?風雅」

「俺、まだ凪斗先輩がどんな作戦を行うのかどうか聞いてすらないんですが…?わざとですよね」

「当然。必要だからな」


その回答に風雅は頭を抱えてため息をつく。

そんな様子と反比例して楽しそうに鼻歌を歌いながら、凪斗は風雅の頭を数度叩く。

目的地に辿り着くと凪斗はゴーグルを装着し、大きく口を開いた。


「さ、そろそろ時間だ。作戦決行と行こうじゃねえか!」


凪斗が眼光鋭く睨み付ける先には、山伏の寅が錫杖を構えながら、仁王立ちで凪斗を待ち構えていた。


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